お気軽読書生活

自分にとって読書は欠かせないもの。
いつでもどこでも、読みたい!と思ったときに読書をしたい。そう思っています。
昔はそうは言ってもなかなかそういうわけには行かなかったけど、今は携帯で手軽に読書が楽しめる時代となりました!
ケータイ小説を毎日ちょこちょこ読んだり、電子書籍で長編をガッツリ読んだりいろいろなものが読めるのも魅力的です。

手紙を書くこと

私が小学生の頃、クラス内での文通が大流行した時期があります。あまりにも流行したため、当時の担任の先生がクラスに「郵便係り」なる係りを設け、毎朝集配、下校前のホームルームの時間内に配達するという、クラス特有の決まりごとが出来たくらいです。
この「クラス内の配達の時間」が毎日とても楽しみで、まるでプレゼントを待つような気持ちになったことを覚えています。みんなそれぞれ可愛らしい便箋、封筒を準備して、それが話題になったりもしました。小学生らしい、なんともかわいいやり取りだったものです。
今では手紙のやり取りなどほとんどなく、年末年始の年賀状程度。なんだか寂しいような気がします。そんな時、ひょんな事から遠方に嫁いで行った幼馴染との「文通」を始めることになりました。きっかけはほんの些細なことからでしたが、なんと一年経つ今でも細々とながらも続いているのです。手紙のやり取りのほかに、普段からメールや電話でも交流していますので、内容なんてあってないようなものです。とは言え、この手紙特有のわくわく感っていいなぁと改めて感じています。毎日、郵便屋さんのバイクの音が聞こえる度にわくわくする感じ、小学生のあの頃を思い出しています。

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大人のための○○

ある日、本屋さんであてもなく陳列されている本を眺めて歩いていたときのことです。あることに気付きました。最近は、「大人のための○○」といった書籍、特に趣味関連の本が多いのではないでしょうか。
考えてみると、社会に出て数十年、まさに団塊の世代と言われる方々から新社会人の方まで、なかなか自分の為の時間を持てている人は少ないのではないだろうかと思うのです。家族のために朝から晩まで働き尽くめだったり、会社という組織に慣れることで精一杯だったりすると、どうしても自分のための時間を作るという選択肢の優先順位はぐっと下の方に位置してしまうのかもしれません。
ですが、そんな人にこそ「自分のためだけの自由な時間」というものは必要だと思うのです。昼寝を10分してまた勤務に戻るのとそうでないのとでは、昼寝をした方が仕事の効率は上がり、集中力が持続するのだそうです。バネが伸びる前にいったん縮むように、忙しい中にも意識的にリラックスタイム、自分の余暇時間というものを設けることで、また明日への活力を養えるのではないでしょうか。是非、心に余裕がない人こそ「自分のための○○」を見つけてほしいと思います。リフレッシュしてまた明日に備えるのです。

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整理出来ない私

現代人は物を持ちすぎると言われています。特に必要がないにも関わらず、「安いから」「次にいつ来るか分からないから」などの安易な思いや、その場の雰囲気、流れで買ってしまうということが多々あります。しかも、なかなか捨てられない、整理出来ないというやっかいな特性をもっていると、どんどん物が増えていってしまうのです。実はこれ、何を隠そう私自身のことを語っているのですが。特に洋服や本にはとても困ってしまいます。一回も袖を通した事のない洋服がタンスの中で召喚される日を待っていますし、1度読んだきりで積み上げられた文庫本たちはまるでピラミッドです。もはや部屋の一角でオブジェとなり、違和感さえ覚えません。
文庫本に関しては、一冊購入したなら一冊手放すくらいの気持ちでなければいけないのかもしれません。そして、出来るだけ図書館を上手に活用し、無駄に増えていくことのないように意識していかなければならないのでしょう。好きだからといって簡単にどんどん購入することは、ある意味その物の価値を下げてしまっているのかもしれません。
洋服も折りを見て必要か不必要か仕分けしていきたいと考えています。いつも考えてばかりで実行に移さずに今に至る訳ですから、今度こそ重い腰を上げようと思っています。

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自叙伝を読んだ感想は…

今までに、自叙伝と言われるジャンルの本を何冊か読んだことがあります。それは主に芸能界やスポーツ界で活躍した(あるいは現役活動中の)方々の著書でしたが、なんとなくゴシップ的な要素を期待して開いた時のミーハーな気持ちが、読了後はガラリと変わってしまうことが少なくないのです。
自分は一般人ですから、どうしても世間に知らされていない秘密や過去の隠された真実、以外な素顔といったものが知りたいという軽い気持ちが先行してしまうのですが、読み進めるにつれて、光が当たる人間ほど影の努力や苦労が見えづらく、それがどれほどの試練なのかということに気付かされるのです。
華やかな存在に対して、人は羨望という眼差しだけではなく、意識せずとも妬みや嫉みの視線をも向けてしまうものだと思います。自分とは違うステージに立つ遠い存在には小さな悩みや苦労などないのではないかと錯覚してしまいがちです。
ですが実際は、私たちが想像できないような苦悩を抱えているのだということが、これらの自叙伝でほんの少しだけ明らかにされていたりするのです。読む前よりもその人がもっと身近に感じられ、それまでとは違う気持ち、違う視線で応援し続けようという気持ちになれるのです。

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芸術という娯楽

映画や小説に心を動かされるといったことがよくあります。それは、その作品の影響力だけではなく、その時の自分の精神状態や置かれた環境にもよると思います。実生活で悲しい出来事があったとき、リアルタイムで同じような作品に触れてしまうと、自分でも驚くほどその物語に自身を投影してしまい、更にネガティブな気分に拍車がかかってしまうなんてことも。
また、恋愛真っ只中で毎日ドキドキ、ウキウキしている人が恋愛映画や小説に触れると、自分に重ねて思わずニヤニヤしてしまったり、私だったらこうするのに、というリアルな仮定が浮かんだりするのではないでしょうか。
映画や小説だけではなく、舞台や音楽など、芸術という形で私たちが受けとることが出来る様々なジャンルの作品たちは、自分が隠していた本心を引きずり出したり傷に塩を塗り込んだり、何かをふっきるきっかけになることも、生きる勇気を与えてくれることもあるのです。
それらの多くは所詮「娯楽」という言葉くくられてしまうのかもしれません。ですが、芸術という娯楽ほど私たちの心に響き、生き方や考え方に多大な影響を与えるものはないのではないでしょうか。だからこそ私たちは、お金と時間をかけてそれらの娯楽を求めるのかもしれませんね。

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思春期の経験の重要性

人生八十年と言いますが、長寿大国とも言われる現在の日本において、八十才まで生きるということはもはや当たり前のことなのかもしれません。私もここまで数十年生きてきて、人並みに青春時代と言われる時期を過ごしてきましたし、恋愛も失恋も経験してきました。今思えばとるに足らないようなことで真剣に悩んだこともありましたし、「人生っていったいなんなんだろう」「生きる意味とは」なんて一丁前に考えてみたこともありました。
思春期と言われる時期は本当に多感で繊細で、「箸が転がっただけでも笑ってしまう」ような敏感な時期です。大人に対する、又は社会に対する反抗心や拒絶反応を示すこともあれば、周りと同調することに何よりも心を砕いてしまうという幼さも残るような最もフワフワした存在だと言えるのではないでしょうか。
そんな時期に、どんな本と出会いどんな音楽に触れ、どんな景色を見たかということが、成長していく過程においてとても大事なことだと思うのです。私には今でも大事にしている小説がありますし、心に残っているフレーズがあります。あの頃聞いていた音楽が私に与えた影響はとても大きいものでしたし、友達と見た風景の美しさを忘れることはないでしょう。
多感な時期にどんなものに触れ、何を感じたかということは、その後の人間性を形成する上で非常に重要なのではないでしょうか。

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ちょっと怖い雑誌活用法

私がまだ小さかった頃。今のようにデジタルコンテンツが少なかったということもありますが、両親共にそれぞれの趣味に特化した雑誌をよく購入していたように思います。
父は歴史もの、母は料理やファッションに関するものなどといったようにです。当時、雑誌といえばほとんどが月刊だったと思います。そのため、気が付けばあっという間にバックナンバーが溜まっていました。過去数か月の物は、読み返していたようです。しかし、よほど過去のものとなると、廃品回収のようなところに出していたようでした。思えば、古本屋のチェーン店も無かった頃です。本を簡単に売るということは、意識的にも無かったのだと思います。
我が家では、そうした末路を迎えるほかに、印象に残っている雑誌の活用方法がありました。それは、鍋敷きにするというものです。母だけでなく、同じく台所を使用する祖母もそうしていました。他の家にお邪魔したときには、新聞紙が敷かれていたこともあったので、その時代では普通のことだったのかもしれません。私は、子供心にも「紙でできている雑誌に熱い鍋を敷いても大丈夫なのか?燃えないのか?」と思い、ハラハラしていました。もちろん、そんな心配は不要だったわけですが…。
今ではすっかり見かけなくなってしまいましたが、ときどき思い出す強烈な光景でした。

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興味深いお仕事小説

フィクションでもノンフィクションでも、自分の知らない世界のことを書いてある作品というのは非常に興味深いものです。特に私は、お仕事小説と呼ばれるジャンルに興味があります。特定の職業にスポットを当てて、その特殊性やお仕事でのあるある、人間模様などが描かれていると、同じ世界でこんなことをしている人もいるのか!とドキドキわくわくするのです。ノンフィクションだとしても、実際の職業を調べて描かれていることがほとんどですから、現実と大きく変わりは無いでしょう。
まだ小さい頃や学生の頃には、将来の夢が広がっています。私も、今とは全く違う人生を夢見ていたような気がします。少しずつ年齢を重ねるごとに、つい現実的なことに目が行ってしまい、憧れていた夢をあきらめて確実に手が届く職業に落ち着いてしまうことも…。
そんな自分だからこそ、夢を貫いて、貫いたあとも厳しい現実と向き合いつつも輝いている人の活躍に憧れるのかもしれません。
ドラマや映画、漫画などの媒体もありますが、やはり小説が一番情報量が多いのか、長く楽しめることができると思います。今の自分を劇的に変えることはできないかもしれませんが、本からの影響で少しでも活力を得て、頑張ることができれば…と期待しているところもあるのです。

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楽しかった絵本教室

近所のカルチャー教室で、絵本を作成するワークショップがあるということで、参加することにしました。絵本作りは、以前に白紙の本の台紙に絵を描き込み、文章を付けていくスタイルのものを体験したことがあります。
今回のものは、それとは全く違い、布で絵本を作るというものでした。台紙にあたる部分も布製。絵はフェルトなどを切り、形を作ってボンドで貼ったり糸で縫いつけたりしていきます。文章や絵で作るのとは全く違い、工作や手芸といったほうがぴったりの作業でした。
ページ数が少ないというのもあるのですが、布での造形はなかなか難しいので、大きいモチーフがほとんどになってしまいました。そうなると、ストーリーも単純にならざるを得ません。どうしても、0歳~に向けたシンプルな絵本が出来上がりました。普段の自分であれば、まず手に取ることのないであろうジャンルの本です。自分が手にしない本を、自分が作っているというのも不思議な感覚でした。
一回で終了する講座でしたが、無事に私も作品を完成することができました。予想とはだいぶかけ離れたものになってしまいましたが、手塩にかけて作ったためか完成の感動もひとしおです。友人の子共に見せてみて、どんな反応を示すのか…。早く試してみたいと思います。

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意外に知らない本の取り扱い方

読書を趣味と自称している身としては、たくさん手に取る本を大切に扱いたいと思っています。ですから、時々図書館でもレンタル本屋さんでも、乱暴に扱われているものを見ると、悲しくなってしまいます。
だからと言って、私が正しい取り扱いを知っているかというと、実はそうではないということが分かりました。
新しい本を手にしたとき、特にページ数の多いハードカバーですが、読みやすいように真ん中あたりからぎゅっと押し広げてしまうことってありませんか?最近では分厚いソフトカバーのものなどもあるので、特にそのように扱ってしまうことがあります。単に折癖をつけたいということですが、この作業が本体に大きなダメージを与えていたというのです。
本は背表紙のところで糊付けされていますから、その部分が傷んでしまうというわけになります。また、単に糊付けだけでなく、縫い付けられているような仕様もあるので、強い力を急に加えることで、ページがバラバラになってしまうこともあるのだとか。
たまたま、本の部分名称などが書かれていたサイトで見つけた物なのですが、これにはちょっと関心させられました。
正しくは、柔らかい布の上などで表紙、裏表紙から10ページづつくらいを交互にゆっくり開いていくと良いのだそうです。
例え自分のものでも借りたものでも、もっと大切に扱おうと思いました。

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